一度冷静に考えようじゃない。

 なぜ、この馬鹿は、あたしを押し倒しているのだろう??



 馬鹿は風邪ひかないというのは迷信だと思うわ。
 目の前の、この、馬鹿としか言いようのないごちゃまぜは、真っ赤な顔をしてベッドで寝ている。熱もある。ノドが痛くて食べ物が美味しくない(食べられないわけではないらしい)
 ……否、馬鹿は馬鹿か。
 薄着で雪の中を徘徊したんだもの。風邪ひかない方がどうかしてるわ。
 仕方ない。じゃんけんに負けて面倒を見る係になったんだもの。
 あたしも依頼主のお嬢様に会いたかったけど、ヴィンセントとケイティに任せて、この風邪っぴきの面倒でもみますか。


 そう開き直って、林檎を取りに行こうと彼に背を向けた、はず、だった。
 気づくとあたしは天井を見ていた。
 正確には、熱に浮かされた彼と、彼の肩越しの天井だ。
 あまりにも衝撃的すぎて、彼を見るのを拒否したようね。


 なんだか、すごく嫌な予感がする。
 その予感は一瞬にして現実のものとなった。
「どこ触ってんの!」
 あああああ!
 もう嫌だ嫌だ嫌だ!
 気持ち悪い!
 彼の手が、ふとももやら胸やらを服の上から撫でていく。
 その動きに性的なものを感じ、必死で抵抗するも意味をなさない。
 腕力でこの馬鹿にかなうわけない。
 それでも、抵抗は止めたくなかった。
「やめて! やめてってば!」
 彼の手が、服の中に入り込む。
 胸の飾りを軽く引っ掻かれ、びくりと体が跳ねる。
 宥めるように何度も何度も擦られると、半身が重くなってきたのがわかる。
「嫌だって!」
 彼は何も言わない。
 性急とも思える動きでスラックスに手をかける。
 必死で彼の手首を掴むが、反対に掴み返され、床に縫い止められる。
「だめだってば……!」
 言いながら、何故か涙が出てきた。
 脳をよぎるのは、浅ましい想い。
 このまま彼があたしの下腹部に触れたら、気付いてしまうだろう。
 自分が男を相手にしているということを。
 出来るだけ、引き延ばしていたかった。
 この時を。
 そんな矛盾する自分の想いに気付き、愕然としてしまった隙をつき、彼の手のひらが下着の中に滑り込んできた。
 もうだめだ。
 息をのむ音が耳元で鋭く響く。
 彼の動きが止まる。
 ゆるゆると体が離れていく。
 そのまま、彼は何も言わず立ち去った。

 本当に最低だ。






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