有名なビーグル犬


with まん丸頭の男の子。

「たまには尻尾でも振ってお出迎えしたらどうだ」
 苛々した声に振り返ると、まん丸い頭の男の子がすべすべした眉間に皺を寄せて立っていた。
 ……こいつは何を怒ってるんだ??
 仁王立ちした彼の手にスクールバッグが握られているのを見て、やっと気づいた。
「おかえり!!」
 満面の笑みで彼に抱きつく。
「また会えて嬉しいよ!」
 ぎゅ、と彼を抱きしめると、彼の眉間の皺が一本消えて代わりに拗ねたような表情になった。
 宥めるように背中をよしよし。
 彼の肩にあごをくっつけていつまでもよしよししていると、開けっ放しの扉の向こうで、黄色くてふわふわした髪の毛をしたあの子が傷ついたように動きを止めるのが見えてしまった。

 あちゃー。

 次はあっちのフォローかぁ。
 チョコチップクッキーで何とかなるかな。





with ベートーヴェンを敬愛する彼。

 みんなぼくには分からないっていうけど、そんなことないと思うな。
 
 だって、彼の音楽はとっても綺麗だから。
 
 
 ぴく、と耳が跳ね上がった。
 転げるように駆け出すと、案の定彼はおもちゃのピアノに向かって技巧を磨いていた。
 その姿は何かを追い求める修道士のようでとっても敬虔なんだけど。
「やあ、シュローダー」
 途端、ぴたりと止まる旋律。
「何しに来たんだ? ぼくは忙しい」
 素っ気なく言い放つと、また旋律を奏で始める優美な指先。
 でもぼくには分かる。さっきよりずいぶん音色が硬くなったね。
 他のこと(つまり、ぼくのこと!)に意識が向いてるから、大好きなベートーベンに没頭し切れてないよ。
 そんなとこもおかしくて、くすくす笑いながらいつものようにピアノに寄っかかる。
 彼は一瞬目を上げてイヤな顔をするものの、指先は相変わらず止まらない。
 すごい早さで音符が駆け抜けていく。
 指先に摘んでみると気分が高揚してくるのがわかる。
 最初は指で突っついて、だんだん手のひらで叩いて、気づけば一緒に踊り出していた。
 このあたりで彼の我慢は限界。
「もぅ!」
 ぷんぷん怒る彼に「ごめんごめん」なんて軽く謝っていると、漏れ出た音符に惹かれたのか、あの子がやってきた。
「やあ!」
「| | | | | |」
「一緒に踊ろうよ!」
「♪」
 そうやって踊り出したぼくら二人を見て、彼は「もう……」とかため息をつきながら、大好きな曲の中から楽しい曲をピックアップして弾いてくれるんだ。
 あの子の髪の毛がふわふわ揺れる。
 彼ものってきたのか、金髪をさらさら揺らしながら旋律を奏でる。
 
 楽しいなあ。





with 毛布が大好きなあの子。

 うず、うずうずうず。
 目の端っこで、それはもう何回も何回も洗ったように色の落ちたブルーの毛布がふわ、ふわ。
 持ち主は、それはそれは安心しきった表情で親指を吸っている。
 開け放された窓から、そよそよと青い風が吹き込んできて、またまた毛布をゆらす。
 
 欲しいなあ−。
 
 その途端、彼はぴくっと眼を開き、僕を見据えた。
「一生後悔するぞ」
 ……。
 睨み合いは僕の負け。
 
「わかった、今日は毛布はあきらめる」
 そう、と言ったっきりこちらを見もしなくなった彼に、刺激される、いたずら心と。
「代わりに、側にいても怒らない?」
 きゅん、と上目遣いにすり寄ると、何も言わない代わりに怒りもしない。
 思う存分彼にもたれかかって、彼の膝と彼の毛布にわずかに鼻をうずめて心地いい匂いに包まれる。
 窓からはそよそよと風が吹き込み、ぽかぽかお日様が僕らをあっためる。
 
 
  
「暑苦しいわねえ」
 キンキンした女の子の声で目が覚めた。
 気がつくと太陽はオレンジ色に変わり、風も少し肌寒くなってしまっている。
「寝てしまった」
 不覚、といったあんまりにも深刻な表情で彼が呟くものだから、思わず笑ってしまった。
「なあに、そのイヤな笑い方」
 いじわるな女の子にはべーっと舌を出しておいて、くるっと彼に向き直って耳元で囁く。
「キモチよかったね」
 彼の顔が赤いのは、太陽のせいだけかな?





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